【感想】映画『海獣の子供』
本当にとりとめもない感想になることは分かってる。
STUDIO4℃が製作する、という一報を聞いて、全ての情報をシャットアウトした。
その知らせだけで、映画館で1800円を払う価値がある。
原作の漫画も知らず、どういう話かも、どういう絵かも知らない。
原作者の五十嵐大介さんからすれば、失礼極まりない客だろう。
彼にとっては、客ですらない。
事前情報がまったくなかったので、すべてが新鮮だった。
あるのは「作画を楽しもう」というひねくれた考えだけだった。
CMが始まった。
『ハイスクール・フリート』の劇場版らしい。
『ガールズアンドパンツァー』すら見ていないので、
険悪なパクリなのか、わりと正式なリスペクトなのか分からない。
『サクラ大戦』に対する『お嬢様特急』みたいな?
あるいは『バージンフリート』とか。
結構ライトな絵柄で、さわやかな感じは好印象だった。
そして『天気の子』のCMが始まった。
新海誠の作品は、ひとつも見たことがない。
『ほしのこえ』がテレビで特集されているのを見たくらいだ。
インディーズ、という言葉はまだなかったかもしれない。
『ペイル・コクーン』のほうが有名だったような?
気の所為に違いない。
相変わらず最高に美しい背景に、
ピュアなキャラデザで向かう所敵なしの田中将賀さんの描き出すキャラクターたちが駆けていく。
爽やかで、楽しげで、まさに青春…そして物語は意外な方向へ転がるようだ。
VTUBERによる館内放送など交えながら、ようやく本編が始まった。
ああ、こういう絵なのか。
事前情報のなかった自分にとって、主人公の少女のファーストインプレッションは「アート系なのね」という斜に構えたものだった気がする。
それが躍動感あふれるボール競技のシーンに移ってからは、
何もかもに魅了された。
主人公の声やってる人…めちゃくちゃ上手くないか!?
この絵、この性格…完璧に乗り移ってる。
このキャラがそこにいるぞ…。
スタッフロールで初めて知ったが、
声をあてたのは芦田愛菜さんだった。
なるほど、天才だ。
こんな、こんな難しい作品を、なんで演じきれるのか。
完成品を通して見ることができる観客すら、おいて行かれるシンプルながらもスピリチュアルなストーリー。
ぎりぎり「意味不明」になりかねない危ういこの作品の主人公を、なぜ演じることができるのか。
体内で爆発する、あの瞬間を──
なぜ、まるでどこかで演じたことがあるかのように演じることができるのか。
『パシフィック・リム』では絶賛されるほどの演技なのだろうかと思っていたが、
今回で完全に評価が変わった。
これからもアニメで声を当ててほしい。
事前情報がなかったので、劇中の曲を聞きながら「すごいな、作品にマッチしていて、ちょっと独特で…深呼吸してるみたいな自然な曲だ」と思っていた。
スタッフロールを見ると久石譲さんだった。
なるほどね、とはならなかった。
「マジかよ…!?」
と椅子からずり落ちた(嘘)
勝手に坂本龍一リスペクトなミニマル・ミュージックしか作れないかと思っていた。
バカにしていたわけではない…ない。
久石譲らしい曲調、それが当たり前だと思っていた。
今回の曲は、彼らしくなかったのだ。
ファンからすれば、過去の楽曲の延長線上にあるのかもしれない。
自分はただただびっくりした。
作品にマッチした最高の楽曲を提供してくださって、ありがとうございます。
エンディング、スタッフロールの曲も良かった。
事前情報がなかったので(また?)
米津玄師さんが担当していると知らなかった。
というか実は『Lemon』を聞いたことがない。
『マトリョシカ』は当時聞いていたが、ハチという名前は認識していなかった。
この楽曲も作品に合っていて、すごく良かった。
ちょっと歌詞があまりに作品にシンクロし過ぎな気もしたが、作品に対する敬意が感じられた。
深く呼吸を吐くような歌い方、深海に響くような独特のアレンジ。
作品の終わり際に、抜群の余韻を与えてくれた。
キャラデザが小西賢一さんだった。
本当に天才だった。
日本人は、彼の仕事に一度敬意を払ってもいい。
『耳をすませば』のバイオリンのシーンを担当し、
『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム! 』の原画で参加。
今敏の作品群。
『のび太の恐竜2006』の作画だって…本当にすごかった。
アニメーションの次の段階「線画がそのまま動く」という新境地を切り拓いた。
(山田くんは、ちょっと線画過ぎた)
宮崎駿に高畑勲、押井守、沖浦啓之に井上俊之、細田守に片渕須直、
もちろん今敏も。
『フリクリ』はどこ担当だろう…2話だろうか。
全部じゃないか。
日本のアニメの歴史的な作品を全部携わってる人。
『千と千尋の神隠し』だって、あのカオナシが暴走するシーンを担当した。
その集大成が、今作『海獣の子供』だったのかもしれない。
ジブリを「なんだか飽きちゃって」といって辞めた人が、
きっと「従来のアニメで出来なかったことをやってみたい」と考え、
今作を作り始めたんじゃなかろうか。
『スパイダーバース』はすごかった。
あれも新次元の表現だった。
ただ「理屈で分かる」表現だった。
なんとなく誰もが期待していた映像を、最高の形でまとめあげてくれた作品。
でも「想像の中」にある作品だった。
『海獣の子供』は異次元だった。
この映像を、誰かが頭の中に描き、それをスタッフと共有し、作画した。
それを着色、動画化、声を乗せて作品にした。
「想像の外」にある作品だった。
「想像の中」にない作品だった。
悪夢のような、ドラッグ的な…得体の知れない映像体験。
これこそが、STUDIO4℃でしか創り出せない奔放な映像。
だが、やはり…小西賢一さんの仕事が凄まじい。
歴史に残る、映像史に残る、アニメ史に残る映像だった。
映画館の中で、暗闇に沈み込みながら見てほしい映像だった。
小西賢一さんはチャレンジャーだ。
アニメは、水の表現を恐れてきた。
いや…恐れてはいないのかもしれない。
「スーパーアニメーターだけが担当できる」超難易度の部分。
国内アニメーターはディズニーの『ピノキオ』を見て羨んだだろう。
あの宮崎駿が作った『未来少年コナン』の第一話ですら、まだ水の表現については研究が進んでいなかった。(透明に塗るところを、青く塗ってしまった)
自分が初めて海を感じたアニメ作品は
湯浅政明さんが作った『スライム冒険記』だった。
暗い海、丘のように盛り上がり押し寄せる波。
海の恐ろしさを感じたのは洋画『パーフェクトストーム』よりも先だった。
小桜エツ子を天才だと思ったのも、この作品だ。
次にクジラの巨大さを感じたのは湯浅政明さんの『マインド・ゲーム』だ。
体外を目指して走り続けるシーンは、見ているこちらが息苦しくなるほどの密度だった。(途中に挟まれる「母ちゃん牛乳ありがとう」が最高)
水の美しさを感じたのは『フリクリ』の第三話『マルラバ』だ。
ロボットから引き剥がされたニナモリが水を口から吐き出す。
吐き出された水がキラキラと輝いて、とてもキレイな作画だった。
当時は大平晋也さんの作画だと思っていたが、もしかして小西賢一さんの作画?
いわゆるドロドロ系の動きだった。
そうそう『海獣の子供』ではシューズの作画に注目だ。
丁寧な線画を確認することができる。
丁寧だけど、ラフ。
柔らかくて、きっと原作の雰囲気を再現している。
羽海野チカさんのような線だとも思った。
『海獣の子供』で描かれた水、海、魚…これは日本アニメが描いてきた水の表現の集大成だ。
あの作品からも海と魚の表現について勉強したに違いない。
あるいは、自身が担当だったのかも。
ポニョが膨大な魚の群れに乗ってやってくるあのシーン…まさか、小西賢一さんが?
とりとめもなくなってきたので感想はここまでにしよう。
映画『海獣の子供』はメジャーな作品には成りえないが、
日本のアニメーションの到達点として一見の価値ありだ。
それに、最高のスタッフが高密度でシナジーを生み出した稀有な作品だ。
あ、渡辺歩監督もありがとうございます。(ついでみたいになってしまった)
ああー、『天気の子』も『プロメア』もいいけど、
この作品がもっと注目されてほしい。
『この世界の片隅に』をみんな見に行っただろー。