今日は「や」の気分

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【感想】【書籍】『血と汗とピクセル』

◆はじめに
海外のゲーム開発事情を、開発者のインタビューや元開発者(重要)の証言を交えつつ紹介したドキュメンタリー。

『デスティニー』や『ディアブロ3』に『アンチャーテッド4』といった超有名大作から『ショベルナイト』や『スターデューバレー』のようなインディーズ作品も紹介している。(こちらも超有名だけど)

本のタイトルにもあるように、血と汗を流す悪戦苦闘の戦いの記録であり、決して華々しい成功物語ではない。

海外の開発現場について報じるウェブサイトが増えた現在では、ここだけの秘話というのは少ないかもしれないが、著名なタイトルが列挙され、順に読み通せるのは悪くない体験だ。

◆そういえば電ファミニコゲーマーの本って

電ファミは、掲載記事をまとめた書籍を販売している。

普段から電ファミを読んでいる身からすれば、いくつかの記事がまとめられたとは言え、新規情報のない本に価値があるとは思えなかった。

ただ、本書『血と汗とピクセル』が一定の売上、需要があるのだとすれば、ウェブではなく本によって情報を得る人、得たい人にとってはこういう形もアリなのだろう。

もしかしたら、本書もkotakuで掲載していた記事の切り貼りなのかもしれない。
(本書の著者はkotakuの記者)

◆クランチが始まる

本書でもっとも興味深いのは「クランチ」という言葉だ。
「クランチ」とは日本で言うところの「デスマーチ」あるいは「炎上」または両方を併せ持った言葉だ。
つまり、プロジェクトに致命的な欠陥ないし遅れがあり、それを取り戻すために「開発期間の延長」ではなく「残業」というマンパワーによってなんとかする、という勤務状態のことだ。

日本でも海外でも、ゲーム開発は困難なミッションであり、クランチは避けられない。
ただ、面白いのは本書の開発者、とりわけディレクタークラスの人間がクランチを「やらざるを得ない」というある種ポジティブな、意識的に突入するモードであるという認識を持っていることだ。

日本のゲーム開発現場ではその言葉からも分かるように「デスマーチ」「炎上」とおよそポジティブとはかけ離れた言葉で表される。
できる限り避けたいが、いつの間にか巻き込まれる嵐のような状態、それが日本における認識だ。

デスマーチは、意識的に突入するモードではない。
右往左往する上層部、コンセプト無き開発現場が、仕方がなしに突入する状態だ。

海外はクランチを「さて、クランチを始めようか」といった感じで、開発手法の1つとして意識的に突入している印象を受けた。

ここには日本と海外の開発現場の意識の違いが現れている。
意識的に選択するということは、全体像やスケジュールが掴めていて、残タスクが把握できているということだ。
日本の場合は全体像が掴めていないからこそ、無限地獄を「デスマーチ」と呼称しているのだろう。

結局クランチ=過酷な開発に突入しているのは同じだとしても、終わりが見えている地獄と、終わりの見えない地獄ではモチベーションに差がある。

ということで、やはり海外のほうが開発現場のマネジメントは優れているのかもしれない。

◆インタビューできる環境

本書は非常に羨ましい。
日本ではこういったインタビュー、ドキュメンタリーは発行されない。
プロデューサーやディレクターによる開発秘話は語られるが(それこそ電ファミで)開発の痛みについては語られづらいのが現実だ。

ユーザーは最終的なアウトプットである商品しか目にしないが、その開発現場ではひとつひとつの決断に多大な労力が割かれている。

その地獄、あるいは困難について語られることが少ないのは、非常に残念だ。

本書のインタビュワーが優れているのか、守秘義務の適用範囲が異なるのか。いずれにせよ、もっと日本の開発現場の失敗談について語られてほしい。

◆ブレスオブザワイルド

ゼルダの『ブレスオブザワイルド』はCEDECでの講演などもあり、今やもっとも成功したプロジェクトのひとつだ。
だが、過去のインタビューを見るに、その背後に心折れた開発者たちが多数いるのではと想像する。

つまり、恒常的なクランチが発生していたのでは、という邪推だ。

2Dプロトタイプを作り、効率的なデバッグ体制を作り、三角形の法則を見つけ出した…この華々しい開発秘話の裏に「全社員での1週間通しプレイ」がくっついてくる。

ゲーム開発においては当たり前ではあるのだが、全仕様を実装したところで、実際にプレイしてみないと面白いかどうかは分からない。
分からないが、それを予め想定し、最低限の面白さを担保しておくのが企画の仕事である。

ゼルダは、作る→遊んでみる→意見を出し合う→作る…を何度も繰り返したラインだと予想する。
なんとも贅沢で、無鉄砲な開発現場だ。
いやまあ、実際は「こうしたら面白くなると思うんだよね」という仮定はあったと思うが。

検証による開発。
いかにも科学的というか「開発」という感じだ。

正解の見えないスクラップアンドビルド
開発者たちは心を折りながら試行錯誤を繰り返したのではないか。

もしかしたら、全てはクレバーに事が進んだのかもしれないが…どうにもポジティブな側面しか語られずもやもやする。

ドラゴンエイジ:インクイジション

本書でもっとも面白い章は『ドラゴンエイジ:インクイジション』について語られた章だろう。
あまりに上手く行かぬプロジェクト。
開発者間の疑心暗鬼と不和、定まらぬストーリーとひっくり返る仕様の数々。
多くの開発者たちが現場を去りながら、最終的には良いゲームを完成させる。
しかし、開発体制は改善されないままだったのだろう。
やがて『 Anthem』に繋がる悲劇の芽がここにある。
もっとも読み応えのある章で、涙無しに読むことはできない。

◆総評

本書は何らか知見を得るものではない。
単なるゴシップ、趣味の悪い本である。

ただ、非常に合理的で効率的な開発運用を行っていそうな海外の開発者たちが、国内の開発者たちと同様に苦しみながらゲームを作っているという事実が、少しだけ安堵感を生むかもしれない。

◆おそらく

続刊が出るだろう。
『Anthem』はもちろん収録されるはずだ。