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【感想】【小説】『86-エイティシックス-』

86―エイティシックス― (電撃文庫)

86―エイティシックス― (電撃文庫)

 ああ、しまったな。先にAmazonのレビューをいくつか読んでしまった。…が、気にせずいこう。

 無人戦闘機械により限られた地域へ追い詰められ滅亡の危機に瀕した人類は、有色人種を「人間に非ず」と定義し、戦闘機械に搭載、白色人種はこれを「無人機」と喧伝し、自らは安全圏で豊かな暮らしを享受していた。白色人種でありながら、戦線に立つ有色人種たちを憂いていた異色の女性指揮官は、その実力を認められ、ついに激戦区へ投入されている部隊への配属を打診される。奴隷と支配者、身分の違いに反抗される彼女だったが、やがて部隊の兵士たちから認められるようになっていく。しかし、状況は大多数の白色人種が想像するより壊滅的で…。

 思考を整理するために、序盤をまとめてみた。まあ、進撃の巨人であり、マブラヴオルタネイティヴであり、ガンパレードマーチであり、オールユーニードイズキルであり、ダイナミック・フィギュアでる。つまり圧倒的多勢の生命体に人類が結構蹂躙されちゃってて、希望はあんまりないけれど…という設定&状況からスタートする物語。

 この設定はなんでか燃える。絶体絶命だから?戦争だから?人類が戦わなければ生きられない状況に陥ることで本音をさらけ出すから?
 常に死を意識しながら、少年(少女)兵がメカに乗り込み戦場を駆け抜けるその様子は、悲壮感と英雄願望を満たす最高のブレンドということか。

 人は悲劇を求めて本を読む。主人公がひどい目にあうことを期待して本を読む。もちろん、小説家は主人公をひどい目にあわせる。そうしないと物語が始まらないし展開しないしドラマが生まれないから。

 つまり、この手のジャンル(というより設定?)は主人公に訪れる悲劇さ加減がなかなか強いのだろう。だから、面白いと感じるのかもしれない。人の生存権を危うくする設定は刺激的。

 本作の評価は世間的には悪くなさそうだが、Amazonの評価を見るとそうでもない。設定の矛盾とあまりに饒舌な比喩表現に拒絶反応が出るようだ。あとは専門用語の列挙。

 しかして、あの表現群は世界観と一致させるために選ばれている。アーマード・コアの世界観に合う文章と、フォーチュンクエストに合う文章は異なるのだ。どちらかというと、本作の文章表現は同じ趣向を持つ人々へのサービスだったように思う。もちろん異なる趣向の人々からは、気取った表現にとられるだろうが…明らかに偏った作品であるにも関わらず、なぜ趣向の異なる人々が手にとったのだろう?

 考えられるのは宣伝の成功と、周囲の人々評価を判断基準にする層の導火線に火をつけたことだろう。

 さて、Amazonのレビューはさておき、本作は面白い。ページ数がなかなかな枚数だが、1巻できちんと言いたいことを言って、話も完結している。読了後に検索して知ったが、どうやら続刊があるらしい。それを感じさせない第1巻である。出し惜しみはなし。

 どちらかというと、1巻の完成度が高すぎたので、続刊しても1巻の濃さは引き継げないと思う。こうしてみると、続刊を前提にした(と妄想する)内容だった『ミニッツ』とは偉い違いだ。

 本作が面白いとオススメできる理由は、魅力的な世界観(オリジナリティはないが…いや、オリジナルなど最早絶滅した)と統一感があり世界観に沿った表現、個性的で生き生きと描かれたキャラクター群…というところになる。
 総じて、描きたいことに全てが集約されているため、没入感が高く気持ちが高揚する。書き手が自分のことを把握した上で書いているように感じる。悩みながら書いた文章よりも、全てを見通して書いた文章のほうが強いのは当然だ。

 でも、Amazonだと「ダメです」って評価も多いんだよなー。みんな完璧主義なのかなー。理想が高いのか。『十二国記』レベルを求めても、そうそう見つからないよ。でも、最上より劣っていたら、それは悪いものなのか?そりゃ比較したらそういう評価になるかもしれないけど、それは作品単体の評価とは別な気もするし…ダンシモンズくらい複雑怪奇な設定じゃないとダメなのか?京極夏彦くらい網羅的じゃないとダメなのか?

 ぬぬぬぬ、ぬん(悩んで体をねじり回す)

 とはいえ、身体を突き抜ける感動は無かったかな。だから、評価を低くする人がいるのだろうか。『地球・精神分析記録』は突き抜けたものな。本作の世界観とはまったく関係ないけど。

 突き抜ける感動か…いったいどうやったら生まれるのだろう。読者の価値観を揺さぶるしかないのだろうけど。となると、あまりにSFというか非現実的な世界観は、そもそもベースとなる価値観が読者とキャラクターでズレているので、価値観を揺さぶるのが難しい。かといって現実世界を舞台にする本ばかりになっても困る。「人間とは何か?なぜ生きるのか?」という普遍的なテーマであれば、SFだろうが世界観は関係なく受け入れられるか。

 そうだ、秋山瑞人の『EGコンバット』もこの手の世界観だけど、感動したな。となると、文章力なのか?文章力というより文体の好みってことか?もしくはキャラクターの描き方なのか?